0歳で保育園に預けるということ

桜が進級式を待っていてくれて、
入園式に半分しか参加できなかった娘の晴れ姿は
桜と青空のロケーションに恵まれました。

ちなみに入園式が半分になってしまったのは、
私が時間を1時間勘違いしていたからです…(一生に一度の記念日なのに)。

娘は1つお姉さんクラスに移り、
初めて自分より小さい子がいる場所で生活することになります。
今は、これからの1年でさらにいろんな姿を見せてくれるんだろうなあという気持ちばかりですが、
去年の4月…いやその前の、保育園に入園させようと考え始めた頃からの私に、
「楽しみ」と思う気持ちなんてまーーーったくありませんでした。

今回は通常運転(長文)です。

0歳で預けて1年経て出た結論

「保育園」に預けることに対してはかねてから抵抗があり、
入園当初は「こんなに小さいのに」という思いが毎日湧きあがって
先生の腕から脱しようと泣く娘を「やっぱりいいです!」と連れ帰りたくなるほどでした。

それから1年経ち、結論を先に言うと
保育園に預けたのは間違いなく良い選択だったと言えます。

去年の4月に後悔ばかりしていた私に安心して、なんて言っても聞いてもらえないでしょうが、
家に置いておくより先生や友達の中で生活した方がずっとずっと、
親子それぞれの世界を広げることができたのは確かだと感じています。

不安だった気持ちを1年後振り返ると

娘は1年後の今月進級し、
その下のクラスに新しい子と、不安そうなママさん達が入ってきました。

第一子を抱えたママさんは皆努めて明るそうに、子供が不安にならないようにしていて、
当時は気付かなかったけどきっと私もあんな顔をしてたんだろうな…と勝手に涙ぐみそうになりました。

だって、おそらく数日とそばを離れたことがないであろう我が子を、
親戚でもない知り合いでもない『”保育士”という免許があると』いう情報しかない人
半日も預けることになるんですから!

さらに地域が近いというだけの
それまで存在も知らなかったママさんたちとその子供たちに囲まれると思うと、
弧長ではなく本当に我が子を虎の折の中に入れるような気持ちです…。

保育園に預けると、もう二度と会えないのでは
という心地になってしまっていたのも不安の材料です。

毎日家にはちゃんと帰ってくるはずなのに、朝となると数年は離れてしまい
次に会う時は大人になってしまっていそう、というくらいの気持ち。

そこまで思ってしまうのって私だけですかね。
誇張するでなく、毎朝今生の別れを味わっておりました。
悲しいばかりの気持ちは顔には出していないつもりだったけれど、多分バレていたろうな。

「先生はプロだから大丈夫」も「人間だから失敗する」という言葉に上塗りされるし、
自分の親だって信用ならずに口論になるのにいわんや、です。

そんな1年前の私の気持ちは、実はそれほど変わっていません

ただそこに、1年目で培われた先生や園、そして娘への『信頼』が加味され、
不安とは別の思いが大きくなって存在しています。

「申し訳ない」気持ちは消えていない

経済的に裕福でさえあれば、そして体力的身体的に問題がなければ、
家で一緒にずっと抱っこしてあげれられるのにという罪悪感しかありませんでした。
今もその気持ちは残っています。

たぶん娘が保育園を卒園するまで消えないし、
娘が自立してからも「あの時保育園に預けて良かったんだろうか」と問うことはあると思います。
後悔に近い振り返りは、消そうとしても消えないです。
どういう選択をしてもIfがつきまとう弱いワタクシです。

保育園に預け続けようという気持ちが”増えた

不安や罪悪感は前述の通り私の心身にしっかり根付いてしまっているので、
考え方をむりやりポジティブにしたくらいじゃ消えないと思います。

子育てを終えた諸先輩方に「保育園に預けるなんて!」と言われた時だけは
「保育園だっていいとこあるもの!」と反発していますが、
基本的に「子供が親と離れて寂しくないわけはないはず」と思っていますので
娘に「おかーさんより、先生の方が大好きだもん!」なんて言われるまでは
申し訳ない気持ちは残ってしまうでしょう。

ただ、新しく芽吹いてきた気持ちもあります。

保育園でたくさん撮ってくれた写真を見ると、
泣き顔より笑顔や真剣に遊ぶ表情がいっぱいあるのです。

お友達の様子をじーっと見ていたり、5歳のお姉さんとニコニコお散歩していたり、
0歳でも、保育園での「しっかり者な顔」と家の「甘えん坊な顔」を使い分けているのを知ったり(笑)
安心というか、安堵したというか、保育園という選択で良かったと認められたというか。

加えて、
「親と一緒に過ごしている時、
はたしてこれほどたくさんの表情を作ってあげられてるだろうか?」
と自問して気付いたのです。
『いつもの場所、いつものメンバー』と共にいるということなら、
家でも保育園でも変わらないんですよね。

大きく違うのは、関わる人が増えたことによって『いつもと同じ遊び』が
無限にバージョンアップしていることではないでしょうか。
昨日はAちゃんと歌ったうたを、今日はBくんと歌い、明日は全員でうたう。
うたに関わらずどんな遊びでもそうで、子供にとっては新しい刺激になるようです。
お家だと今日も明日も、(いくらアレンジしたって)お母さんのうたでしかないもんね…。

家と保育園という居場所が複数あることって、
それだけ刺激を得られる機会も増えるということなんだろうな、と。
そう考えられた時、わずかに「保育園もいいよね」と思えるようになりました。

保育園の先生に恵まれていたのも重要な項目で、
親と先生の相性は特に気にすることでもないですが(笑)
任せられる人や施設であるというのは本当に心強いです。

「娘ちゃん、公園の石が気に入っちゃってお土産にしてありますー!(←先生…それいらない)」
などとお迎えに行けば日中の様子を楽しそうに話してくれる先生方。

注視してるということはないにしても、
家事仕事の片手間に娘の相手をしている私と違って「育児」に専任してくれている。

親なら「気のせい!」と言い飛ばしてしまうような見えないほどに小さなケガも
こちらが恐縮するぐらい「申し訳ありません!」と口頭と連絡帳で報告してくださるので、
何かあったらすぐ対応し、必ず連絡をしてくださると信じられています。

おかげで入園10か月の頃には祖父母や夫に預けるより『保育園なら大丈夫だろう』と
子供のことを心配する時間が減り、仕事ができるようになりました。

それにしても保育士さんて私にはできない仕事だわ。
他人の子のお世話をするって、並大抵の責任感じゃ務まらないです。
『子供が好き』だけでは絶対にできない。
対同僚、対子供、対その親それぞれに関わるストレスも半端ないだろうな…

感謝しています。

成長の瞬間を見逃してしまったか?

もう「新しいことが出来た瞬間を見れない」と、悲しく思いつめた時もあります。

しかし『一番最初に出来た瞬間』って、”家で”を付けた項目名に変えると無限に増えます。

“お母さんが”『一番最初に』”目撃した”『瞬間』にしてもいいですし。
考えてみれば、家にずーっといてもその『瞬間』を見逃すことだってありましたよね?

家にいる時間は減るけど、毎日一緒にいるということには変わりないのです。

私は、ですが…その瞬間を他の人に見られるのが嫌だっただけなんだろうなと思います。
独り占めしたかったのかも。

家にいる時間に新しいことができることも多いですし、
保育園で教わった手遊びを家で披露してくれるのを見るのだって
驚きと成長を感じて幸せになれます。
母の知らない世界から出来ることを輸入してきて、
0歳児なりに得意げな顔をするのを見るのは楽しいですよ!

結局『不安」は消せたのか?

私の『不安』は場所を変えれば形を変え、おそらく無くならないでしょう。
それを打ち消す必要もないと思います。

不安を無くしたら、私は子供を放置しそうな気がする。
不安と並列で、
「できた」「楽しそうだった(楽しかった)」「大丈夫だった」という実績が増えていって、
「今日も頑張ろう!」とか「楽しんできてね!」とか言えるようになるんじゃないでしょうか。

かく言う私は、入園当初無理やりに保育園を信じようとしました

でも無くなるわけがない。
不安な気持ちを無理に消そうとしたり、
誤魔化そうと良いことだけ考えようとしたりするのも変だと今は思うんです。

不安は危機やリスクに備えて大事な気持ちだし、
自分の子なのに全面的に保育園に期待依存してしまうのはおかしいかなと。

誰に咎められるわけでもないですし、
不安も罪悪感もそのまま心に置いておいたっていいじゃないですか。
いつまで経っても「保育園には許せないことしかない!」という場合は、
しかるべき対応をすればいいだけです。

保育園に入園させたばかりの1年前の”私”へ

入園なんておめでたくないだろうけど記念日が増えたという意味で、
おめでとうございます。

先生たちは思っている以上に、親身に対応してくれます。

たまに「あれ?」と思う疑問には、責めることなく聞けばちゃんと答えてくれました。
同年齢の子の様子や、娘の様子と一緒に保育園でどう過ごし、教えているかも、
とても参考になりました。

家で一人で育児をしていたら、ネットや雑誌の”理想的な”子育てばかり追ってしまって
「この子はこういう個性があるんだ」と認められなかったかもしれません。

毎朝毎晩「こんなこともできるの!?」と目を見張ることばかりです。
お家にいただけなら、こんなに新しいことは覚えられなかったはず。
いつもお友達や、お兄さんお姉さんに囲まれているのって、
『お手本』に囲まれているようなものです。

今日も帰ったら、保育園で入荷した歌をうたってくれるでしょう。

親が成長したとは思えないけれど、
保育園という環境で娘はとってもパワフルに
情緒豊かに育っています。
1歳になってからは「ばいばーい」と手を振り自分からリュックを背負って、
玄関に向かってます
よ。

子供と離れる時間が多いとそれだけ距離が近くなり
イライラすることもありましたが…
少し離れることでお互いいい距離でいられます。

いつも幸せで楽しいですよ!

笑顔でお迎えに行けるよう、慌てず無事に過ごして下さい。
大丈夫。

2 Comments

なつ

0歳と毎日一緒にいる親からしたら、どうしたってかわいそうって思いますよ。
でもどうしても働かなければいけない場合、どうにかしてポジティブな考えに変えて開き直らないとやってられない気持ちもわかります。
いちいち引きずって暗くなるのも本末転倒ですしね。
でも0歳から保育園は推奨される方法ではないです。永遠に。
残酷ですが、毎日一緒にいて母乳をあげてたらわかることなんです。親と子で日々成長するんです。
0歳の相手をするのは保育園に預けた方が楽と思うほど大変ですが。。。それでも。
経済的な理由に左右されすぎる日本の仕組みがよくないですよね。

返信する
wpmaster

なつさん。コメントありがとうございます! 保育園に入れるのってかわいそうと感じる立場、同じですね。
おっしゃるとおり、最初は無理に開き直ってポジティブに考えようとしていた時期もありました。でも今の私はやはり、0歳から保育園で良かったと思います。
推奨される方法ではない、というなつさんのコメント、そうでもないのになぁと感じたのが正直なところです。
母乳をあげ、いつも一緒にすごすことが尊いのはおっしゃる通りです。母と子が成長するのも、その通りと思います。
とはいえ、保育園に預けることは育児を放棄するのとイコールではないはずです。親身になって親より子供を考えようとしてくれる保育士さんを見ると、実家に預けるのと同列の、預け先が増えたように思えます。
完全ワンオペ密室育児より、親にとっても子にとっても関わる人が多いほうが良いと考えています。
それが子にとってのおばあちゃんなのか、おばちゃんなのか、他に親しい人なのか、保育士さんなのか。
私の理想としては、子供と過ごしながら働いていたいのですが、選択肢が少ないんですよね…

返信する

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です